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秋の深まり

個展とともにあった9月。
それまでの制作期間も含めて、今年の大きな仕事が一段落。
やっぱり気が張っていたようで、10月に入って、ホッとする◎

10月2日、展示会場でひとり黙々と作品を梱包していると、耳を澄ませば、音が聴こえてきそうで、演奏してもらった音楽を流しながら作業しました。

ほんとうに、たくさんの思いやりとフルートの愛の音色に包まれたすてきな期間でした。
作品たちとともに、大事に胸に包み、これからの糧にがんばろう(*´꒳`*)♡って思える。

愛の挨拶を聴きながら作業して、ランチでひとり打ち上げ。

この日ばかりはデザートセットにしてご褒美。

まずは自分を褒めてあげることも大事◎
そうすることで自分にも他者にも、寛容に接することができるような気がする。

さて、まだまだ展覧会の仕事は続くのですが、またひとつずつ乗り越えて行きたいと思います。







個展「 River Waltz 」

無事に会期を終えました。
関わってくださった全ての方、気にかけてくださった方々、みなさんのおかげで、よい展覧会になりました。

お父さんもあちらの世界でよろこんでくれているといいなぁ。

「 River Waltz 」

川辺の色は
想い映して
鏡のように

朝やけの
夕やけの
光と
水のなか

いろいろな
時の流れを
踊りながら
ワルツのように
かさなる風景

「River Waltz 」について

生まれ育った高知県いの町、その町にある「紙の博物館」で個展を開催させていただきます。

昨年、父が他界しました。それは家族にとって、とても大きな出来事で、今も受け止めきれているのかさえ、わかりません。
けれど、月日は流れて日々は続きます。

そんな昨年の末に、地元での個展のお話をいただきました。

それは私にとって不思議な巡り逢わせのように感じられました。

日々の暮らしと思い出がつまった地元で、今、個展というかたちで関わることは、父に何か残せるような気がしたのです。

私の家族の思い出は仁淀川と共にあります。
父の田舎の仁淀川町、母の田舎のいの町旧吾北村は、仁淀川流域の山村です。
私の苗字の「川村」は仁淀川の村、ということなのでしょう。

川は幼い頃から身近な存在で、夏にはよく泳ぎに行って潜っては魚を追いかけていました。
上流で家族揃ってキャンプをした夜の、岩の上に寝そべって見た満月と雲と風が織り成す夜空の美しさや、月の光が水面に映ると半透明の川エビの姿が見えたり、ヒグラシにカジカガエルの鳴き声、身体まるごと包み込んでくれる自然がありました。
それは遊びの感覚をこえて、心の拠り所であると同時に、澄んだ水は聖域のようで、自然の美しさと、畏敬の念を覚えていました。
土佐和紙を育んだ川でもある、仁淀川。

今も田舎の暮らしへの懐かしさと思い出が、胸の中に息づいているように感じます。

今春、ヨーロッパへ旅に出たのですが、そこでも呼び寄せられるように川に巡り逢いました。
中でも、ライン川の夕日はとても眩しく輝いて、流れる水面がきらめいて、光の水の中を白鳥が進んで行く風景は、光そのもののように美しく映りました。

そして水辺は人々が思い思いに憩い、集う場所であることは、日本と同じで、とても親近感を覚えて過ごすことができたように思います。

人と自然を繋ぐ風景には、まず水があるようです。

なぜか、水辺は落ち着きます。
どこか、心の拠り所でもあります。

それは人だけではなく、生き物にとって根源的な、いのちの拠り所なのかもしれません。

いのちをはぐくむ水のように、しなやかに浸透するように。

まるで、あちらの世界とこちらの世界を行き来するような。

ふと気付いたら、いつもそこには川がありました。

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